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エンジニアの箱

サーバ構築とか、Ciscoルータの設定とか、コーディングに関してのなにがしを書きます。

コンピュータが人間を超えることはない

我々、計算機を扱う人間ならば皆これに気づいているはず。コンピュータ、すなわち計算機が人間を超えることはありえない。現在のハードウェア構造では 絶対に越えられない。

自然言語とは

今まさに自然言語を理解しているわけだ。つまり、日本語や英語、フランス語、ドイツ語等々である。これらは自然言語と呼ばれる。これらを計算機が解釈することはある意味人類の夢の一つである。 今もって自然言語を正しく解釈することは難しく、研究の発展途上ともいえる。形態素解析、意味解析、人工知能の利用…どれを以てしても正しく解釈できた事例はない。

プログラミング言語とは

それに対し、プログラミング言語、すなわち形式言語というものが存在する。これの本質は0と1しか解釈のできない計算機に対する命令を抽象化することである。つまり自然言語とは大きく性質が異なるものである。おそらくこれに近しいのは、数学の数式などであろう。

なぜコンピュータは人間を超えられないのか

至極単純な話である。プログラミング言語予約語は、いくつだろうか?おそらくは30ほどではないかと推測する。イコールで、「プログラミング言語を扱う上で知っておかねばならぬ単語数」とも言い換えられる。予約語とは、プログラミング言語内で使用する英単語だと思ってもらってよい。 対して、中学英語に必要な単語数は1,200ほどであると言われている。言い換えると、日本基準で英語を中学レベルで扱うためには1,200単語ほど必要であるということだ。予約語と比べると圧倒的に多い。

そもそも論として自然言語ってなんだ?

自然言語については専門家に聞くのが一番早いだろうが、個人的見解では「人間の複雑な思考・感情をできるだけ正確に表すための抽象化手法」であると定義する。なんのこっちゃいって話なので少し嚙み砕くと、自分の考えや感情をどうやって正確に相手に伝えるか?ということに重きを置いたツールだと思ってもらえばよい。つまり、人間の複雑な思考を表現するためには当然ながら30単語では足りないのである。ちなみにネイティブだと30,000単語以上を操るというから、1,000倍以上である。つまり計算機と人間とでは複雑さが単純な数値で表すと1,000倍以上違うのである。ちなみにこれは単語数だけであるから、文法なども組み合わせるともっとだ。

シンギュラリティの可能性

話が飛ぶようだが実はアナログ的であるのがこの話だ。計算機が人間を超える可能性は、先の通りなので100%否である。そもそも自分の持っている思考を抽象化したときの複雑さが全くもって異なるからである。厳しいことを言ってしまうようだが、もし今の仕事がAIにとってかわられるような仕事であるならば、それはその程度の価値・複雑さしか有していないということになる。すなわち、「人間でなくともできてしまう、仕事ではない『作業』である」ということになってしまうわけだ。
人間のような複雑な思考を持っていなければできないような仕事はこの世に複数ある。一部の人が信じてやまない、プログラムを書かない時代も、残念ながら来ないと言っていいだろう。正確には、設計書からプログラムを自動生成する時代は来るだろうが、そのころには設計書がプログラムと呼ばれているだろうということである。この辺りはコンパイラの歴史を調べていただければ納得できるだろう。結局のところ「知的活動」のようなものは残る。もう少し具体的に言おう。「英知」のようなものは残り続けると言っていいということだ。
だが残念なお知らせもある。今のは、ハードウェアの形態が全く変わらない場合の事象を指している。つまり、ハードウェアの形態が人間に近しくなった場合、そしてそれが自分自身で成長できるようになった場合は、正直分からないということである。そうなったとき、どう生きなければならないかは分からない。しかし、今生きる分には何が大切かは自明なはず。それを大切にしたいと思う今日この頃である。